木原誠二官房副長官の妻の木原郁子(きはらいくこ)さんは若い頃から読者モデルとして活躍し、結婚前にはURANという芸名でCDデビューも果たしていました。
木原誠二官房副長官との馴れ初めは銀座ホステスを稼業としていた時に知り合ったそうなので、昔から美貌に恵まれていたようです。
本記事では、木原郁子さんの10代の読者モデル時代から2022年に撮影されたセレブママ雑誌『VERY』までの顔画像をご紹介します。
“木原事件”の重要人物である木原郁子さんのお父さまについて詳しく知りたい方はこちらからどうぞ。
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それでは早速見てみましょう!
目次
【顔画像】木原郁子の10代~2022年読者モデルまでまとめ
木原誠二官房副長官の妻である木原郁子さんは、銀座ホステス時代に見初められ2014年に35歳の時に再婚されています。
若い頃から美貌に恵まれていたようで、読者モデルとして活躍していた10代の頃から年代順にご紹介します。
木原郁子18歳の頃|雑誌Cawaii!読者モデル

出典:メルカリ
こちらは1997年、当時高校3年生18歳の時に木原郁子さんが読者モデルとして紙面に登場したティーンズファッション雑誌『Cawaii!』です。

出典:メルカリ
身長が高いことが分かりますね。163cmと日本女性の平均身長より高いようです。(参照:文春)
この頃は旧姓の航本郁子さんというお名前でした。
木原郁子20歳の頃|URANとしてCDデビュー

出典:ブックオフ
最初の結婚の前のことですが、木原郁子さんは1999年、20歳の時にネクスレコードからCDデビューを果たします。芸名はURAN(ウラン)です。
モデルとして活躍しながら音楽業界へ転身し、芸能活動をやっていこうとされたのでしょうか。
CDデビューはコネか?
しかし、音楽の実績が無い一読者モデルがいきなりCDデビューすることにやや違和感を覚えます。
基本的に、CDデビュー(メジャーデビュー)とは、日本レコード協会に加盟するレコード会社からCDを販売することであり、そのためには①スカウト、②オーディション、③売り込みなどの手法が必要です。(参照:Bandpress)
ちなみに現時点(2023年8月)ではネクスレコードは日本レコード協会に加盟にしていませんでした。
このことから、歌に自信のあった木原郁子さんは、自費制作もしくは何らかのコネを使って、思い出程度にCDを出したのではないかと推察しています。
父親の元警視庁警部の舩本賢二さんは、資産家であり、職業上、影響力(権力)を持つ方ですので、父親の支援があったのではと考えています。
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父親についての詳細はこちらからご覧ください。
木原郁子43歳2022年|VERY読者モデル

出典:Twitter@1dK8vvx3ZpBkKdO
そしてこちらは、昨年2022年のセレブママ雑誌『VERY』の紙面に読者モデルとして登場した木原郁子さんです。

出典:Twitter@ruigcZinc
ここでは、木原誠二官房副長官の妻であることを敢えて記載されていませんでしたが、高級ブランドのエルメスの鞄にポーチなど、セレブ雑誌に相応しい私物を持参していました。

出典:Twitter@ruigcZinc
10代の頃から雑誌モデルとして活躍し、CDデビューもしていた木原郁子さん。恵まれた美貌を活かして芸能界でやっていこうとしていたことが分かりました。
結婚後は芸能界からは退きますが、前の夫の安田種雄さんと死別後、銀座ホステスをやっていた時はお客さんとの同伴を多くこなし、月に200万近く稼ぐ店のNo.1だったと言われています。(参照:文春)
まとめ
木原誠二官房副長官の妻の木原郁子さんの10代の読者モデル時代から2022年に撮影されたセレブママ雑誌『VERY』までの顔画像をご紹介しました。
結婚前にはURANという芸名でCDデビューも果たし、芸能界でやっていこうとしていたことが分かりました。
木原誠二官房副長官との馴れ初めは銀座ホステスを稼業としていた時に知り合ったそうなので、昔から美貌に恵まれていたようです。
不正問題で世間を賑わせているビックモーターの不祥事にも驚かされましたよね。なぜバレた?ということも調べています。
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